【集え!視覚言語界の住人たち!】第1弾『ASAKAのいる世界』

ショートカットの髪色は琥珀色で、時折吹く風と戯れるようになびいている。駅に降り立つ彼女は、小柄ながらも、周囲の目を引くほどの存在感を放っていた。

名前は『ASAKA』

👆Click


今日は、来月末に予定している旅行の詳細を詰めて、新幹線チケットを買うために友人と会うという。


視覚言語界の住人たちは、それぞれにサインネームというものを持っている。ASAKAにそのことを尋ねると、くしゃくしゃの笑顔で教えてくれた。

指文字の『A=あ』を胸のあたりで上下に揺らして『ASAKA』です♪

早速『ASAKA』と呼んでみた。大きく頷いてくれた。

ASAKAは2匹の猫と暮らしている。老猫と若い猫。家族はひとつ違いの弟と母親。現在弟は北海道へ旅行中と教えてくれた・・彼もまた視覚言語界の住人らしい。思わず私は「それはいいね♡話しができて」と言っていた。

【Deaf family】ならば手話が共通言語だし、【Coda】ならば両親の言語で育児されるので、自然と手話が母語となる。その後学校というコミュニティーで日本語のシャワーを浴び手話と日本語のバイリンガルになっていく。視覚言語界の住人たちは家族内ですら言語的に孤立することが多く、それがどれほど辛いことか想像を超える。

「似てる?」と聞くと

そうですね~♪ もしかしたら?弟の方が女性っぽいかもしれませんね・・笑

屈託なく笑いながら写真を見せてくれた。成人式で撮影したという紋付き袴の正装写真だった。ASAKAに似ている。好青年だ!

学生時代のASAKAについて尋ねてみた。

とてもおとなしくて地味でした。社会人になって出会った友人の影響でこうなりました!(笑)先日、卒業したろう学校を訪ねたんですけど、恩師にも私って気付かれなくて・・、マスクのせいかも?と思って外してみたのですが、やっぱり「だれ?」ってなって・・自分、そんなに変わった?って思っちゃいました。

意外だった?!今のASAKAからは、《おとなしい》《地味》のワードが結びつかない。私が訝しむ表情をうかべていたのがバレたのか・・

ホントですよ^^

と念を押されてしまった。

ろう学校を卒業後、東京都内の大手企業に就職し、早5年が過ぎようとしている。「仕事は楽しい?」

まぁ、そうですね・・。

「同じ部署にDeafはいるの?」

今の配属部署にはDeafはいないですね。周りは全員聴者です。以前、障害者の括りの部署で働いていました。そこには聴覚障害の人たちもいましたけど・・異動になりました。

ふと気になった。自分のいる部署には同じ言語を話す人がいた方が気分的に楽じゃないかと。「以前の部署と今では、どっちが働きやすい?」

特にどちらでもって感じです。今の部署では、確かに言語的には難しい面はありますけど、コロナ禍になって、リモートワークが中心の日々だし、以前の部署では、それなりに人間関係に気を遣わなければならないこともありましたから。仕事だと思えばどちらでも構わないって感じですね。

納得した。言語が共通だからみんな仲良しってことはあり得ないワケだし、お互いに協力関係ってわけでもあるまい。馬が合う人がいれば好かん人もいるっていうのが人間ってもんだ。明らかにASAKAの表情はサバサバとすっきりしていた。


ASAKAはとてもアクティブだ!休日には気の置けない友人とドライブや旅に出かけるし、ウィンターシーズンには長野辺りの雪深いところでスノーボードを楽しむ。今回はユニバの旅行を計画していた。ここ何年かはコロナの影響でASAKAも自粛モードだったらしい。ようやくの規制解除に合わせ本領発揮というとこだろう。「車の免許は持ってる?」

持ってます♪持ってます♪ 車が欲しいんですけど・・でも、特に移動に困る事がないしなぁって、いろいろと考えてます。

Deafは運転できない・・いや、してはいけないと思っている人がいると思うが、幾年か前の道路交通法改正で条件を満たす必要はあるものの、免許取得は可能である。アクティブなASAKAの日常を垣間見ることができた気がした。

撮影取材日(30th,Apr.2022)は家の中で過ごすのは勿体ないほどの晴天で、近くの川辺に誘ってみた。新緑が輝きを増し、白や薄ピンクの花をつけたツツジが見事に咲き誇っていた。「スタバで飲み物を買ってくるよ。なにがいい?」

メニューを見ないと決められないやッ

たしかに・・ね♪

なにをオーダーしようかと、迷うのかと思えば、意外とすんなり好みのものをチョイスしていた。

それでは、しばらく川辺のベンチでコーヒータイムといきますか^^


目で捉え、手から繰り出す言葉はリズミカルでテンポが格段にいい♪ 身体全体で表現される言葉には魂が宿っている。お互いの一語一語を逃さないように、相手をロックオンしている。語り合うとはこんな感じだったような記憶が蘇ってきた。近頃ではiPhoneを片手に、耳こそ相手の声を聞いてるような聞いていないような会話しかしていない自分に気がついた。

そして、視覚言語界の住人たちのおしゃべりは尽きることをしらない。日常、聴者に囲まれて生活しているからなのか?母語で話す時間を制限されているためなのか?とにかくおしゃべりだ。ASAKAと友人の語らいも、声をかけなければ永遠と続きそうだった。「写真見てみる?」

いいんですか?!見たいです♪・・・沈黙が流れる・・なんだかこの写真・・不倫してるみたいですよね?

ええ~《一同大笑い》

「確かにね~!!木々に隠れたベンチで密会!2人見つめ合ってて、雰囲気あるよね~」

浮気調査の証拠写真みたいでしょう?(^Д^)

なるほど~!そうきたかっ♪言われるまでのイメージは爽やかな写真でしかなかったのに、だんだんと淫靡な感じに映ってきた。だけど、私は写真を見ながら小さくウンウンと頷くASAKAを見逃さなかった。きっと、いくつかの満足する写真があったにちがいない。

それでは、いったん新幹線のチケットをゲットしてきます♪ また17時頃、お台場辺りでお目にかかりましょう!!

そう言い残し、ASAKAたちは東京駅に向かった。


17時を回ってしまった。

ASAKAと友人はすでにお台場に到着していて、私たちを待っていた。

撮影は、浜辺がいいな~

ちょうど夕日が落ちかかる頃だし、きっと綺麗だろうと思い全員一致で決まったのだが、甘かった。さすがに連休!!お台場の浜辺はカップルの温床となっていた。

あっちの方へ行ってみませんか?

浜辺とは逆方向へ促され、撮影ポイントを探して歩いた。カップルの隙間を見つけながらの撮影だったが、だんだんと撮影に慣れてきたのか?それとも人に慣れてきたのか?ASAKAの表情が風や空に溶け込み始めていた。見惚れてしまった。なんて美しい表情を浮かべるのだろう。


撮影がひと段落したところでディナーに誘った。「なにが食べたい?」

じゃあ、お好み焼きで!

「好きなの?」

はい♪でも一番好きなのはお寿司ですけど・・。

お寿司でも良かったんだけどな。席に着いてお好み焼きが出来上がるまで、他愛のない話で盛り上がった。お年頃のASAKA・・恋愛話があれば聞いてみようと思った。

恋愛はよくわからないんです。おつきあいしたこともあるんですが、お試しみたいな感じで・・。それじゃ、やっぱりダメになりますよね。

そっか、そっか^^恋愛なんて、できればもうけもん♪人生のイベントみたいなもんだし、最愛の人に出会えたら今世は生まれてきてラッキーだったってことでね!とでも言っておこう。大ジョッキに注がれたジンジャエール越しに見えるASAKAの笑顔が少し揺らいだように見えた。

広島焼きは食べたことがないんです。

「銀座にある広島のアンテナショップの2階に、鯉鯉っていうお好み焼き屋さんがあるから、明日行ってみたら?笑」

さすがに2日続けてお好み焼きは・・いいです(..;)

冗談。。また機会があれば行ってみたらいい。

全員が空腹を満たし、最終段階の撮影を決行する事にした。お台場といえばレインボーブリッジをバックに夜景を撮らなくては!と思うところだが、ASAKAが選んだ場所は某ショップの軒下だった。さすが目の人だ!と感心した。数色のライトに彩られるそこで照らされる手話は、幻想的に映りだされた。異なる色が無限の世界を醸し出す。そこを行き交う人たちがASAKAたちの存在に目を奪われている。


「撮影取材!終了~~お疲れ様でした!!」(^^)//""""""パチパチパチ♪

終わった~(^_^;お疲れ様でした♪

安堵とやり切った表情が浮かんでいる。「初めての経験。どうだった?」

おもしろかったです^^ありがとうございました♪

それは嬉しい♪こちらこそありがとうございました。調子に乗って「ユニバの旅行にもついていってもいい?」と聞いてみたら

それは・・(@@;) 2人でノビノビ楽しみたいので!

との返答(..;) 「ASAKA in ユニバ」は実現できそうにないかな?それでも「またモデルよろしくね🙏」と言うと、にっこりと微笑んで頷いた。


ASAKAのいる世界は、彩り鮮やかな日常だった。ASAKAという自分を思いっきり楽しんでいた。私の目の前にいるASAKAの全てが、存在する表現なんだと感じる出会いだった。

それでは、また・・

手を大きく挙げてバイバイをすると、ASAKAたちは、クルリと背を向けて薄暗い街灯が灯る海沿いを歩いて行った。視覚言語界の住人たちの後ろ姿には、美しい手の陰影が浮かび上がっていた。